第89景 「上野山内月のまつ」
(安政四年(1857)八月 秋の部)
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  第11景で上野清水堂の崖下の向かいに描がかれた「月の松」と呼ばれた奇松の大写しである。 樹の肌が画面いっぱいに描かれ、不思議な曲線の背景には不忍池が広がり、池に突き出た中の 島弁財天、対岸の池之端にびっしり軒を接して町家が、そして本郷台地に火の見櫓を3基突き出 して大名屋敷が連なっている。月の松が形作る眼鏡の中に見える火の見櫓は本郷の加賀百万石、 前田家のものと思われる。
  広重が2度も取り上げた松は、明治初年前後に嵐のために折れたという。この頃の上野の山は、 慶応3年(1867)6月から明治2年(1869)2月まで市民はほとんど立ち入り禁止で、慶応4年(1868) 5月の上野戦争では山上は廃墟となってしまった。激動の時期だったため、珍しい松といえども、 嵐で倒れても気にも留められなかった。
  江戸名所というより、絵組みの斬新さや目先の変わった構図を追求した結果できた作品ともいえる。
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「東京シティガイド江戸百景グループ」による