第88景 「王子滝の川」
(安政三年(1856)四月 秋の部)
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  画題の「滝の川」は、川の名称ではなく地名である。「源平盛衰記」に滝野川松橋が 登場するように早くから定着した地名であるが、由来については諸説ある。
  この石神井川の右岸には何条もの滝が落ちていた。この絵では王子七滝の一つである 「弁天の滝」を俯瞰し、その滝壷で滝に打たれている人、川中にある小岩(島)(この小岩は、 現在でも川底にあり、水量の多い時でも水中に透視できる)、岩の上のあづまや、川の流れ の中で魚を獲る二人、涼を取っている人などを描いている。
  崖下にある赤い鳥居の洞穴は岩屋弁天で、絵の右上の建物、松橋弁天社の本尊である。 中央に架かる橋は松橋で、中山道から王子権現への近道として往来が激しかった。松橋を 渡り左奥に向う道を行くと茶店があり、王子権現に至る。松橋は、古くから周辺の地名で もあり、松橋弁天社もそこから命名された。現在は紅葉橋の下流に架かる橋に名を留めている。
  この絵は紅葉の丹色と崖の黄色の対照が鮮やかな筈だが、丹色に黒ずみが出ているのは、 残念ながら顔料の酸化の結果である(第94景「真間の紅葉手古那の社継はし」も同様)。
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「東京シティガイド江戸百景グループ」による