第85景 「紀の国坂赤坂溜池遠景」
(安政四年(1857)九月 秋の部)
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紀伊国坂をのぼる途中で、ぐるりと坂下方向を振り返った場所からの絵である。
左側には御堀(現・弁慶堀)がある。その右側は、当時は紀州(紀伊国)徳川家
55万5,000石の中屋敷(現在は広大な赤坂御所・迎賓館)があったが、絵には描かれておらず、
右隅ぎりぎりに「火の見櫓だけで辛うじて示されている」(人文社1996年)。
大名行列が坂をあがってくる。左右2列のうち片側1列のみが描かれている。大名行列の
真後ろにある緑の木立は、かなり離れているが、切絵図を見ると、広島藩浅野家42万石の下屋敷(現・TBS)らしい。
絵でお堀の先、左の緑の森は日吉山王大権現社(廃仏毀釈で現・山王日枝神社)。奥に屋根が
ひしめきあっているのが、赤坂の町屋であろう。画面中央に霊南坂の現・ホテルオークラ向いに
あった定火消屋敷の火の見櫓が立つ。左手前、お堀の中にちょっと突き出た部分は、彦根藩井伊家の
中屋敷(現・ホテルニューオータニ)の一部である。お堀には蓮の名残が拡がっている。
題名にある「溜池」については2説ある。暮しの手帖本(1993年)は「立札の首の辺に溜池がのぞいている」
と書く。ところが、他の本には水色の箇所がなく、「溜池は赤坂の人家の蔭になって見えない」
(ヘンリー1スミス、岩波書店1992年)などとする。
初摺り、後摺りの違いなのか、あるいは初めから溜池はえがかれていないのか、よくわ
からない。
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「東京シティガイド江戸百景グループ」による