第62景 「駒形堂吾嬬橋」
(安政四年(1857)一月 夏の部)
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「君はいま駒形あたりほととぎす」
吉原の才媛遊女、二代目高尾太夫が仙台の伊達網宗侯への思い入れをしたためた手紙の
なかの句である。隅田川では立夏より15日目位に杜鵑が鳴き初め、それを初音といった。
絵の六割が空、その空に社鵑、左下に駒形堂、右下に材木、それに長い竿の先に赤い布。
バランスのとれた画面で、r当てなしぼかし」の技法もひきたてている。駒形堂の筋向いに
紅屋百助という白粉や紅などの化粧品を売る小間屋があり、この赤い布は宣伝で「紅あり
ます」の看板のようなもの。
「当てなしぼかし」とは、空や水面上に浮かんでいる雲のようなぼかしを作る高度な技術。
通常のぼかしと同様に版木を雑布で湿し、刷毛に含ませた絵具をのせる。その時に形を描
くように刷毛を動かし、様々な形を作りだす。すべて同じように仕上げるには大変な熟練
を必要とする技法で摺師の腕の見せ所でもある。初摺りではホトトギスの後ろ、空の左右、
地平から立ち上る影の四つが当てなしぼかしだが、後摺りではホトトギスの後ろだけの例
もある。しかしいずれも中央の赤布より下の空は薄色、上の空は濃淡はあるがブルー系で
あり、人文社版のように黒くつぶされた摺りは珍しい。この技法は「よし原日本堤」「大はし
あたげの夕立」「品川すさき」などでも見られる。
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「東京シティガイド江戸百景グループ」による