第61景 「浅草川首尾の松御厩河岸」
(安政三年(1856)八月 夏の部)
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『今昔対照江戸百景』の解説は「浅草川なる首尾の松と御厩河岸」、浅草川を「隅田川が浅
草区の東を流るる間だけの名」と明快である。
すれ違う直前の乗り合い船が御厩河岸と対岸の本所石原を結ぶ御厩の渡しである。
松の下に屋根舟がもやう。時代劇では障子をはめ込んだ小部屋付きの舟を屋形船と称し
ていて、この絵でも屋形船と勘違いするが、屋形舟は江戸初期に現れ、暑気払いの舟遊び
に使われた大型の船で、部屋も複数あった。のちに屋形船が幕府により規制され、代わり
に登場したのが二人差し向かいで、一杯やるくらいのスペースの舟、それが屋根舟である。
この屋根舟には障子がなく、簾が吊ってあるだけだ。摺りによっては、簾に女性の姿が
うっすら映っている。舳先に2足の履物が置かれている。川遊びに利用されることもあっ
たが、密会に利用されることのほうが多かったようだ。人目につかない岸辺へ寄せて、し
ばらくの間いなくなるという気がきく船頭つき。簾が吊してあるだけの舟であると、この
絵は満天の星、季節は夏、川でも無風の蒸し暑い夜だったか。
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「東京シティガイド江戸百景グループ」による